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特集:アリアンサ移住地はブラジル信濃村か | 移住史ライブラリIndex

ニッケイ新聞2003年8月21日掲載

「日本歴史年表と移住問題」
移住問題は単なる時代世相か

ありあんさ史研究会・木村 快

 六月十四日付のニッケイ新聞に、わたしは代表的な年表として「歴史学研究会編の『日本史年表』(岩波書店)を引き合いに出し、「ブラジル移住に限らず移住に関する事項は全く見あたらない」と書いた。
 しかし、一九〇八年四月の社会・文化欄に「第一回ブラジル移民七八三人出発」が記載されているとのご指摘をいただいた。実は社会・文化欄には一八六八年の「ハワイ官約移民一二〇名渡航」も載ってはいる。
 たしかに「移住に関する事項は全く見あたらない」と書いたのは誤解を招く表現で、「移住問題あるいは移住政策に関する事項は」とすべきだったかもしれない。
 言うまでもなく、歴史年表のいのちはあくまでも基本項目である政治・経済欄であって、社会・文化欄は時代世相を補足する事項である。これらの移民渡航が当時の世相を表す事項として記載されているからといって、歴史として移住を扱っていることにはならない。
 基本項目に記載された移住に関係する事項は、一八九四年の移民保護規則公布くらいしか見あたらない。関連項目としては一八九七年のハワイ政府日本移民上陸禁止に対する日本政府抗議、一九〇八年の北米移民自粛を合意した日米紳士協約があるが、これらは移住問題ではなく、外交問題である。

年表に載らない国策移住

 現代の日本人の間ではブラジル移住が国策による移民であったという認織はない。北米での出稼ぎが難しくなったので、ブラジルに流れた程度の認織が一般的である。
 だが、自由移民であった北米移民と国策として推し進められたブラジル移民とではその歴史的性格は全く違う。
 日本が国策として移住に関与し始めたのは、明治初期の北海道移住はひとまず置くとして、一九一七年のブラジル移住における海外興業株式会社の設立からである。これは当時の寺内内閣が出稼ぎ移民を奨励・支援するために移民会社を糾合して国策会社としたもので、政府資金を活用するために東洋拓殖株式会社法を改正している。
 そして一九二七(昭和二)年にはブラジル移住を完全国策とする海外移住組合法(法律第二五号)を成立させ、同年八月に海外移住組合連合会を設立する。だが、この国策による移住法およびそれに基づく国策事業の展開が全く年表に記載されていない。伊藤忠とか丸善石油といった私企業の設立さえ基本項目として扱われていながらである。これは年表から「削除されている」と考えざるを得ない。
 海外移住組合法については本来専門資料であるべき国際協力事業団の「海外への道」でも一切ふれていないし、「世界大百科事典(平凡社刊)」や「日本大百科全書」(小学館刊)の移民の項にも見あたらない。

連合会から日南産業へ

 海外移住組合連合会は内務大臣を会頭として設立された組織である。こうした日本の政府機関が主権国ブラジルで勝手に土地を購入したり、移住地を造成したりすることは不可能と言うことで、ブラジル法に準拠した現地機関「有限責任ブラジル拓殖組合(通称プラ拓)」が設立され、政府資金によってバストス、チエテ、トレスパーラス(アサイ)の大移住地が建設されている
 移住業務は引きつづき海外興業が扱っている。そしてこの法律の施行によって、戦前移住者の七割に当たる十三万余の人々が移住している。その結果が現在一四〇万と言われる日系ブラジル人を生みだし、三〇万に及ぶ日系人が日本の産業を支えているのである。
 海外移住組合連合会は移住地の造成と移植民導入のための組織として設立されたが、一九三一(昭和六)年に平生飢三郎(ひらお・はちさぶろう)が会頭兼理事長に就任してからは移住地造成から戦略物資の調達へと重点が移される。
 昭和十二年には海外移住組合法が改訂され(法律第四三号)、連合会は日南産業株式会社(平生飢三郎社長)に改組される。
 プラ拓は日南産業の現地代行機関としてブラジルにおける綿花、鉱業資源の調達に当たることになる。日系社会に大きな役割を果たした南米銀行はプラ拓(日南産業の銀行部から発展したものである。

記載されるべき移住事項

 ここではふれられなかったが、アマゾン移住も独自の項目として扱うべきだろう。ブラジル移住以外でも日本の歴史年表に記載されるべき移住問題は多い。
 移住の始まりであるハワイ官約移民の経過と結果、アメリカにおける排日移民法や外国人土地所有禁止令に対してどう対処したのかは国際関係を考える上で重要な事項である。
 ブラジル以後に国策で進められた満州移住についても、移住政策に係わる事項が全くないのは異常である。
 一九三二年から始まる満州移民、一九三六年に広田内閣が打ち出した二〇年間一〇〇万戸移住政策、満蒙開拓青少年義勇軍発足のもとになった一九三七年の「満州に対する青年移民送出に関する件」の閣議決定なども記載されるべき事項である。
 現在の年表では日系ブラジル人や移住について調べたいと患っても最初の手バかりさえつかめないのである。世紀も変わり、新しい国際関係が構築される時代である。新しい時代に生きる手助けとなる年表がほしい。

(NPO現代座理事長・劇作家)

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