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芸術活動

新作・そうらん節はサンパウロでも絶賛を浴びた。

 ユバの芸術活動は単なる余暇の活動ではなく、生産活動と同等の重要な意味を持っている。特にバレエはほとんどの女性が踊るし、上演活動を支える男性たちとともに培われる集中とアンサンブルはそのまま農場の生活を形づくっていると言っていい。だから母親たちの影響力は農場全体の精神的な要になっている。これが一見自由気ままにみえる農場の暮らしを人間的に支えているのである。高齢化して踊れなくなっても絵画や習字、刺繍を楽しげにやっているし、クリスマスの演劇ではその存在感を生かして堂々たる舞台を作り上げる。  近年は子どもたちの演奏活動が盛んだ。弦楽器の半数は農場で製作された物である。近隣の学校の卒業式や高齢者慰問などで活躍している。

子どもたちによる弦楽合奏団 ユバ出身の楽器制作者弓場健作さんが毎年アメリカから帰郷して弦楽器を作成している。

小原明子 伝えていく

小原明子

 今年もクリスマスを間近に、新作バレエの練習が続いています。この踊りにはユバでバレエがはじまったときから踊り続けてきたダンサーが三人踊っています。
 彼女たちを一代目とすると、今回の新作には二代目、三代目、四代目。年齢は上は五十代、下は十代のダンサーたちで踊られます。踊り続けて四十年、五歳で踊り始めた子も四十五歳になりますが、まだまだ現役で活躍しています。
 弓場さんは「ユバで育った子どもたちが指導者になって、後に続く子どもたちを育てるようになるといいんだが、恐らくそれは無理だな」と言っておられました。でも、四十年の間に踊り手たちは、ユバの暮らしの中で、自分たちが踊りを続けていくことはどういうことなのかをつかんできたようです。そして自分が踊り続けるだけでなく、自分たちが培ってきたものを後輩たちに伝えていかなければと、バレエだけでなく、劇、音楽、絵画と各分野で指導者の立場に立って活躍しています。
 昨夜の新作稽古にも「出来ないところをそのままにして踊ってちゃだめ! できないところはくりかえし練習して踊れるようにするの。自分の踊ることに責任を持ってよ」と後輩に厳しい注文を付けながら、一生懸命教えている先輩たちです。

現在のバレエ部 2003年クリスマスは子どもたちによる音楽劇「キバのないオオカミ」を上演。

弓場勝重ヤマの絵本作家 弓場カツエ

 弓場カツエ(勝重)は日系の絵本作家としても知られている。カツエにしてみれば絵本の創作はみんなと一緒に農場で働き、バレエを踊るのと同じことで、創設世代を知らないユバの子どもたちにヤマの心を伝えたいと思ったのが動機だという。
 カツエは一九九七年の天皇皇后ブラジル訪問時、皇后がカツエの絵本「ヤマのお話」を愛読されているということで、ブラジリアで開かれた皇后主催の懇談会に招待されている。緊張しておずおず発言する一世たちと違って二世のカツエは笑顔で自由に発言し、関係者一同をハラハラさせたらしいが、皇后は実に楽しそうに対応されたという逸話が残っている。
 農場創設者弓場勇の三女。ユバ・バレエが始まって以来四十年間、今なお現役で踊り続けている。声楽、美術の才能にも恵まれ、年に一度はブラジル人音楽家とのコンサートを開き、ヤマとブラジル人芸術家との交流の窓口になっている。
 また、日系人には珍しくブラジル先住民インディオの文化にも造詣が深く、カイガンギ族との文化交流にも積極的である。現代文化とは異質な文化を背負った少数民族のインディオはブラジル政府の保護区で暮らしているが、一般のブラジル人との交流は少ない。カツエにしてみれば、独自の文化を守り続けようとするインディオの姿に、現代社会に飲み込まれようとしている日系文化と共通する課題を感じているのかもしれない。
 そのほか絵本に「ショウさんと羽衣の木」、「ハマの大きな木」、音楽劇「風と少女」などの作品がある。


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