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日本留学中のユバ農場の辻良香(つじ・よしか)さんが「花かご」の人形劇を観るために現代座を訪ねてくれました。
愛称チッカ、良香さんは今年十九歳。彼女のことは小さな子どもの頃から知っているので、大人になったチッカを見て、びっくりしてしまいました。(NPO現代座 木下美智子)
木下 ユバの若者たちは変わりはない?
良香 はい。みんな元気でやってるようです。兄の海(うみ)は農機具を買う資金を稼ぐために、今、日本に来て働いてます。
木下 そう。チッカはいつから日本に来てるの?
良香 この三月の終わりから。日本力行会の研修生として来ました。今、力行幼稚園で助手をしてます。
木下 ホームシックにかかってない?
良香 もう大丈夫だけど、来て一ヶ月くらいは「ああ、何でこんな所に来たんだろう。これで一年もやっていけるかしら」ってとても心細かった。
木下 日本に来るのは二度目だよね。
良香 はい。まだ小さかった頃、家族で神戸のおじいさんのとこに来たことがあります。
木下 そうだったね。そのときはここへも来たよね。
良香 そうでした。だから、日本のことは知ってるつもりだったけど、来てみたら全然そうじゃなかった。
木下 どんなところがブラジルと違う?
良香 聞かれるといつも言うんだけど、やっぱり日本人ばっかりいるのがなんか不思議というか、落ち着かなかったですね。どうして? どうして日本人ばっかりなの? って。
木下 ブラジルは白い人、大きい人、日系人とみんなで暮らしてるもんね。それに日本人は駅なんか歩いてるときでもみんな黙ってるし、無表情だものね。
良香 そうなの。だから最初怖かった。ブラジルはいろんな人がいるけど、みな陽気だからね。アリアンサは日系人の村って言われるけど、学校では半分より少ないですよ。ほかの街だったら、もうほんとにクラスに何人かしかいない。サンパウロ市へ行っても、たまに日系人を見かけると、「あの人、日系だ」って。
木下 日系人同士の会話もポルトガル語?
良香 若い人はほとんど日本語を話しませんからね。ユバの中でも若い者同士だとついポルトゲースでしゃべっちゃう。でも、最近はね、ユバの若者は村の青年団活動でなるべく日本語を使うようにしてるんです。そしたら、みんな聞けばわかるからね、少しづつ日本語を使うようになってきましたよ。
木下 あなたたちはユバで生まれて、学校へ上がるまでは日本語だけだったんでしょう?
良香 そう。だから学校へ上がったときは先生が何を言ってるのか全然分からなかった。ふつうにブラジル人の子たちと遊ぶようになったのは三年生くらいからだね。そうしたら今度は日本語の方が危なくなるからね。日本語学校で日本語の勉強をするわけ。
木下 大変ね。でも、あなたくらい自由に日本語を話せたら、日本に来ても困ることはないでしょう?
良香 でもやっぱり大変です。知った人が相手ならユバと同じようにしゃべれるけど、職場だといろいろきまりがあるでしょう。おはようございます。すみません。ありがとうございます、おつかれさま。
木下 ユバではあまり使わない?
良香 「おはよう」は使うけど、当たり前のことをしてるとき、「すみません」「ありがとうは」は使わないね。だけど日本は、ものを言うたびに、「すみません」、「ありがとうございます」でしょう。それから階級って言うの? 上の人に話す場合は敬語を使わなくてはいけないでしょ。ブラジルだと、目上でも目下でも対等で、自由に話せるけど。
木下 それでだね。すごくていねいなことばを使ってるから感心してたのよ。(笑い)
良香 私の日本語大丈夫ですか?
木下 大丈夫、大丈夫。自分で言わない限りだれもブラジル人だなんて思わないわよ。いや、日本の若い人よりきれいな日本語よ。
良香 ありがとうございます。
木下 日本のいいところは?
良香 日本は治安がいいですね。電車の棚にみんな鞄をおいてる。盗まれないのね。それから花がいっぱい咲いてて、今はほんとにきれい。
木下 その代わり、冬は寒いわよ。
良香 日本の冬は初めてだから楽しみ。
木下 お休みの日はどうしてる?
良香 電車の乗り方も分かったから、いろんなところへ行ってみようと思ってます。
木下 がんばって。
良香 はい。今日はありがとうございました。花かごの人形劇、とても楽しかったです。子どもたちに見せてやりたい。