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アリアンサ史研究会 渡辺伸勝
アリアンサ移住地史編纂委員会が発足してすでに一年が過ぎたが、この間の活動は決して容易なものではなかった。編纂委員会のメンバーのほとんどは農業に従事しており、日常的に活動を行うことが出来ない。また、歴史の本を編纂するという点では、全員が未経験である。こうした状況でも、なんとか全体の計画が立てられ、目次もできあがり、現地では文書資料やインタビューなどが着々と収集された。
その一方で、この紙面に報告できないほどの多くの問題点も浮上してきている。自分たちの手でアリアンサ移住地のことを調べ上げ、それを一冊の本に編纂するという仕事は、予想以上に困難であることを痛感させられた一年である。
当初の予定では、一年の間で浮上する諸々の問題を解決し、次の一年間の活動計画を立て直すために、日本側で活動しているメンバーが現地調査をするということになっていた。そこで、私が再びアリアンサを訪問し、調査活動を行うことになった。現地での調査は、わずか一ヶ月であったが、その間に大きな収穫を得られた。ここでは、現地での調査活動で知ることが出来た、アリアンサ移住地編纂委員会の現地での活動の近況を報告したい。
まず、現地で我々がしたことは、日本側とアリアンサ側との情報交換であった。これまでの日本側の活動は、アリアンサ史に関する文献調査が主であった。日本側のメンバーは、アリアンサ移住地の全体の歴史を把握するために数々の文献を読み、今回の移住地史で取り上げるべき事項を抽出し、目次案を考案しそれに沿った調査計画を立てることを目指した。一方アリアンサ側では、とにかく資料や情報の収集に専念していた。文書類や書籍類、住民へのインタビュー記録や物品類が、ブラジル国内から広く収集された。両者の活動は定期的に報告し合い、情報の交換も頻繁に行ってはいたものの、やはり直接意見交換をすることの必要性が以前から指摘されていたのである。
定期的に行われている編纂委員会の会議に参加した私は、日本側の活動の集大成として、それまでに考案していた目次案を提案しこれからの活動の大まかな計画案を伝えた。それに対し住民側は積極的に様々な意見を出してくれた。そのやりとりの中で、住民が今回の移住地史編纂について望むことがいくつか明確になった。まずは、アリアンサ史の正確な記述である。これまでにアリアンサで起こったことをもう一度調べ直し、なるべく正確にその歴史を纏めたいという気持ちは、メンバー全員がもっているようだ。もう一つメンバーが強く主張したことがある。それは、自分たちの体験を取り上げて貰いたいということであった。あるメンバーは、客観的な視点でアリアンサの歴史を記述するのも必要だが、一方で自分たちの声でアリアンサの歴史を語る部分があってもいいと主張したのである。このような熱心な意見交換をもとに、目次案と計画案に再検討を加え、なんとか最終的なものを作ることが出来た。
こうした一連の議論の中にいた私は、編纂委員会のメンバーたちには、確実に自主性と積極性が生まれ始めていることを実感することができた。私が一年前にアリアンサにいたときには、メンバーの中でも一部の熱心な人々が全体の意見を左右したり、議論に参加していてもなかなか意見を述べない人々がいることもあった。しかし、そのときの会議では、何人ものメンバーがはっきりと自分の意見を主張し、アリアンサ史編纂に対する要望を伝えていたのである。
次に我々が行ったことは、これまでに収集された資料の確認とその整理、そして資料収集の方法についての検討であった。これまでアリアンサで収集された資料は大量でどれも貴重なものであったが、集まった資料は文献や書類などが主で、それに比べるとインタビューの資料が少なかった。この点については、編纂委員会が設立した当初から予想されていた問題である。アリアンサで長年生きてきた人々は、これまでの出来事すべてが日常の一部であり、生活に埋め込まれたものであるため、外部の者が重要であること思うことでも、取り立ててそれを意味のあるものだと考えることは困難である。また、外部の者が歴史上のある出来事について疑問を持ったとしても、住民の方ではそれほど意味のある疑問だと思わない場合がある。調査や記述の対象となる歴史の中に生きる住民たちが、自分たちの歴史について客観的な視野を持って眺め、そこから疑問点や不明な点をみつけて仲間の住民に問いを発するということは、非常に困難な作業なのである。そこに、住民たち自身の手で自分たちの歴史を探る難しさがあるのだ。
実際に、現地からは「インタビューでは何を聞いたらいいかわからない」とか「○○について話そうとしても何を伝えたらいいかわからない」、「協力したいけど何を協力したらいいかわからない」、といった声が上がっている。そこで、アリアンサの歴史について何がわかっていて何が分かっていないのかをはっきりとさせ、これから何を聞き出していくのかを見出すことを目的として、今回の現地調査ではできるだけ多くの方にインタビューをすることした。
編纂委員会のメンバーには、住民自身がインタビューを行うことの難しさを早い段階で気づき、インタビューの技術を身につけようとする人々がいた。そこで我々は、インタビューの方法を共同で学ぶために、常に何人かのメンバーで集まって住民に対するインタビューを行ったのである。
約一ヶ月に及ぶインタビュー調査の結果、非常に多くの成果を得ることができた。もちろん、これまで文献だけでは分からなかったことが分かったということは大きな成果である。しかしそれ以上に重要な成果は、アリアンサの歴史について「何が分からないかが分かった」ことである。この間のインタビュー調査では、これから住民から聞き出したい事項が多く集まった。これから現地で行われるインタビュー調査では、そうした事項が調査課題としてインタビューに盛り込まれることであろう。
インタビュー調査で特筆すべきことは、インタビューを受ける人の方も、皆さん非常に協力的だったことである。高齢であるにもかかわらず、時には六時間に及ぶインタビューをすることもあったし、進んで私の滞在先まで来て話をしてくれる方もいた。また、原始林の開拓の話に及ぶと、実際に我々を原始林があるところまで連れて行ってくれて、その場で身振りを交えて熱心に当時のことを語ってくれる方もいた。インタビューが長引くことは常で、インタビューを受けてくれた方のお宅でなんど食事をご馳走になったか分からないほどだった。今回行ったインタビュー調査の中で、積極的にインタビューの技法を身につけようとする人や、積極的に自分の生きてきた歴史を伝えようとする人、インタビューの中で出てきた疑問を自分で積極的に調べようとしてくれる人がでてきた。現地メンバーの中にこうした意欲が出てきたことが、今回の調査で一番の収穫なのかもしれない。
今回の調査で見えてきたのは、良い側面ばかりではない。資金の調達や、膨大な資料の分類と整理などなど、編纂委員会が直面している問題点は数多く、それぞれの問題について述べるのは紙面を改める必要がある。しかし、これまで漠然としていた問題のいくつかははっきりと見えはじめ、さらに具体的な「調査課題」という形となってきたことで、今後の調査も以前とは比べ物にならないほどやりやすくなったと思う。後は、住民の協力とメンバーの意欲に任せるしかない。日本側もそれを大いに支援していきたいところである。