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四十五周年を迎えたユバ・バレエ団

記念のケーキにナイフを入れる明子さん 六月七日、ユバ・バレエ団結成四十五周年を記念する催しが農場内の劇場、「テアトロ・ユバ」で行われた。この日は、バレエ団主宰の小原明子さんの誕生日であり、記念の催しをこの日に行おうと、若者たちが密かに計画していたものだ。午後八時半、テアトロ・ユバの客席に特別招待を受けた明子さんが一人座っている。やがて場内の照明が落ち、バレエ団員を代表した弓場勝重(かつえ)によるメッセージが贈られた。明子さんが初めてユバに着いた時の印象、そして、日々の生活の中にバレエすることが無くてはならぬ事として定着するようになった今日までの、様々な変遷の中での感動と感謝の言葉であった。やがて静かに緞帳が上がり、詩劇「よろこびのうた」が始まった。団員のみによる初めての自主公演である。

 いざ歌おう共に我が愛の歌
 声もたからにこの日のために
 高鳴る血潮よ我ら若者
 明日をめざし心一つに
 土と共にありて つねに祈る我ら
 共に歌い踊る 日々新たなる心
 歌え 踊れ 我ら神のために
 声もとどろに よろこびの歌

みな、それぞれの思いを胸に秘めた力強い歌声だった。
 結成当時十代だった娘たちが、今はその子供、孫たちと共に舞台に立っている。舞台に立つことの喜びは、年齢を問わず、演ずる者全てが感動を共有できることである。その感動が新たな世代を育て、活動が生活の中に継続されていく。
バレエ団創立以来いつの間にか八〇〇回を超える公演が行われてきた。定年退職のない、多忙な農村の日々の中で公演を行っていくことはなかなか大変なことである。ともすれば「また〜」と声に出したくなる。しかし、バレエのみに限らず、演劇すること、音楽すること、どれもがみなユバの生活にとって欠くことのできない営みであり、人間関係を保つ潤滑油的な役割を持って生きている。しかも、この営みを通じて多くの人達との素晴らしい交流が生まれ、何十年を経て尚保たれている友情が育ち、その支援や交流による励ましがユバ継続の更なる原動力ともなっている。
 土を耕し種を蒔き、草をとる。灼熱の太陽の下で作物を育てるのは大変な作業の連続である。だが、その稔りを迎え収穫するとき、それは喜びに変わる。
 「百姓は芸術家であるはず、いや、あらねばならない」とは、創設者・弓場勇の言葉である。
 小原明子という一人の芸術家によって、四十五年という長い創作活動の中から産み出された数々の作品は、ユバにとって掛け替えのない生き方の証である。

矢崎正勝

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